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なんかなにをやっても空回る

おかしい

やはり日ごろは良い行いをせねばならないのだな。

しょうがない

また明日・・・いや

今日から人を替えるかな。

人は・・・変わるぞ。

↓ 続 き ↓

あれは中学生のとき

よくわからないうちにいじめにあい
仲のよかった友人にも話しかけられなくなった。

同じ部活に居たものの
連絡などは一切無かった。

その友人自体いいやつだから
あれこれ質問をして
ちょっとだけ真意を聞くことが出来た。

俺「○○に俺とは話するな。って言われたんでしょ。」

友人「・・・あぁ、そうだよ。」

俺「アイツ何するかわからんからね。ありがと。
  それだけ聞けてよかったよ。」

友人「・・・ごめん。」

俺「いいさいいさ。もう行きなよ。
  怪しまれたり誰かに見られたら○○(友人の名前)もイジメの標的になるぞ。」

友人「・・・ほんと、ごめん。」


そういって友人が去っていってから俺の通う学校にはとうとう居場所はなくなった。


朝ちゃんとした時間に学校へ行き
空気のように扱われる俺の一番好きな居場所は校舎4階の音楽室の前の空間だった。
校舎内のいろんな人のいろんな声がかすかに聞こえる。

そんな日々が続く中、担任の教師が
「大丈夫か?何かあったのか?」と尋ねてきた。

もう頼りになる人間なんて居ないと思った俺は
「何も問題ないよ?」と答えた。

イジメの発覚が難しい理由がよくわかる気がした。


しばらくして担任からゴミを捨てるように言われた。
掃除中だったので何も問題ないと思い言われたように外へ持っていった。
ついでに職員室の先生の机からカゴ(配布物などが入っているカゴ)を持ってくるようにも言われた。
正直いやだったが先生は足を悪くしていたので引き受けた。

中学へは財布を持って行っており
中身は帰りにコンビニによる程度の金額。

その財布を机の中に入れっぱなしで教室を出てしまった。

また悪共に取られてしまう・・・。
そう思った私はゴミを階段にしばし放置して教室へ走った。

すると教室では
何がどうしてそうなったのか
教室と廊下、それにベランダとトイレの掃除当番の全員が掃除をいったん中断し担任の先生の話を聞いていた。
内容はイジメについて。
私の名前は出ていないものの身に覚えのある話だった。
話の内容が見えたところで私はゴミを片付けに行った。
正直あんなことして欲しくなかった。
優しさが罪になるとはこういうことだと思った。


しばらくして事件が起きた。


事件の内容は
私の事を面白半分でからかいちょっかいを出してきたヤツがいた。
今思えば簡単な挑発に乗ってしまったのだと思った。
そいつは私に向かって掃除道具を投げてきた。
プラスチック部分は正直痛かった。
おこった俺は投げ返した。
するとまた投げられた。
いい加減にして欲しかったから掃除道具入れの方へ投げた。
案の定その掃除道具は女子生徒に当たってしまった。
しかも目だ。
一瞬にして罪悪感を感じ謝罪を述べた。
するとはじめに掃除道具を投げてきたやつは
「お前がコレ投げ始めるから!」と言いがかりをつけてきた。
教室のみんなは一部始終を見てわかっていたが
そこへやってきた教師は残念なことに私が全て悪いという扱いをして
女子生徒を保健室へつれて行きしっかり謝るように。と、いいつけた。
保健室へつれていき
「僕が掃除道具を投げて目に当たってしまった。」
とだけ伝えた。
からかわれたとかその辺はどうでもよかった。
保険医には目の大切さを説明され結局叱られた。
そのうえ放課後には担任にも叱られた。

「辛いからって物や人に当たったら意味が無いぞ。」
そういわれた時にはだれも頼りにならないと思った。

職員室の外では同級生が笑っている。
最後まで事実を言えぬまま私は職員室をでた。
その頃には、陽が十二分に傾き、
駐輪場には私の自転車の長い影が出来ていた。
自転車にカバンを乗せ帰り道を走る。
結構距離がある通学路。
帰宅途中に自転車のタイヤの空気が抜けているのに気がついた。
当時流行っていたのだが、金具を少しゆるめ、走行中に空気が徐々に抜けるたちの悪いものである。
その月に入って8度目。
歩くのにはだいぶ慣れてきた。
家に着くときにはもう陽は落ちていた。

母親はいつも同じ言葉を投げかける。
「お帰り、・・・何かあったの?」
涙の跡はなかなか消えないようだった。
ことの全てを話したが
最後に私はこういった。
「いままでもあったから学校には連絡しないでくれ。
 恥ずかしくて通うことも出来なくなる。
 学校には頼りになる人なんて一人も居ないから。」

気がつくと母親は涙を流しながら
「気がつかなくて申し訳ありませんでした。」と深く頭を下げた。

そういうのはやめて欲しい。私が全て悪いのだから。
続けて母親は「なんでも話してください。力になりますから・・・」
そう言って私の手をとった。

いままで当たり前のように接してきた母親が
当たり前ではない言葉を使い
当たり前ではない態度を示し
当たり前ではない行動をした。
またも私は罪悪感を感じた。

「いままでそんなそぶりも見せずに耐えてきたんですね。
 本当のあなたの言葉をきけて私はうれしいです。」
そう母親が言った。

罪悪感についても話をした。
すると母親はこういった。
「あなたが今まで家族すらごまかせたその能力は、
 きっと特技なのだと私は思う。
 それを生かしたうえで優しくなりなさい。
 思いやりのある人になりなさい。
 本当の自分を偽ってでも優しい人になりなさい。」

そういって私を抱きしめた。
最後に「ごめんなさい」と言われた。
母親に言わせてしまったことに、またも罪悪感を感じた。

次の日から私は朝一番に
それこそ6時前には家を出て
学校へ向かい、職員室から体育館の鍵を借りて
当時まだ続けていた卓球部の準備をした。
卓球台を整頓して、ピン球を出し、ネットを張って
窓を開け、カビ臭いにおいを外へ追いやり
しばらくして、学校を出る。
コンビニへ行き、しばらく立ち読みをして
ころあいをみて学校へ向かう。

朝の部活動をする生徒が沢山いて
走っていたり筋トレをしていたり、素振りをしていたりと皆体を動かしていた。

体育館へは行かずに教室へ向かい、机の中に用具をしまっていつもの場所へと移動する。
実に静かなものだ。昼間とは大違いで驚いた。
本日1回目のチャイムがなる。
部員全員が片付けをし始めるときに
私は窓を閉め、ネットを片付け、ピン球をしまい、台を整頓して
教室へ帰る。
ラケットなど握っていない。
先生に呼び止められたが無視をした。
頼りにならないからである。
それに何も言われたくないから。正直うっとおしいのが本音。


教室には既に数名の生徒がいて
舌打ちをする生徒もいた。
教卓の後ろの花瓶の水を替えて
枯れた花を捨て、台を拭き。
ある程度掃除をして元の位置にキレイに戻す。
生徒の数が少ないから私がボソッとしゃべっても聞こえる。
「内緒だよ。」
言わなくても私の事は特に話題にしないはず。
学級文庫の整頓をして
黒板の日直の名前と日付を変更し
また4階へ行って時間が来るのを待つ。
いじめに悩む生徒が行くカウンセリング室など羞恥の塊でしかないと思った。


事無くしてチャイムが鳴り響く。


部活動の無い生徒が登校する時間帯。
その10分後には再度チャイムが鳴り、朝のSTが始まる。
それまでに教室へ行き連絡事項を聞き
ちょっとした話を担任が話す。
昨日はあれこれ・・・
今日はあれこれ・・・
最近はあれこれ・・・
途中で
花や机、教卓や本棚がきれいだと話した。
数名の生徒は知っているのだろうが
そんなこと興味ない。

授業の合間
今までは机に座っていただけだったが
日直の仕事である黒板を消し。
チョークをそろえ
簡単な掃除をして
トイレにでも行って帰ってくれば放課は終わり。
給食はどうせ触られたくないだろうから大人しくしている。
食事も終われば会話など混じらずに時が経つのを待つ。
全員が同時に片付け始めるが
机をくっつけて集団で食事をするため、どの机でもじゃんけんでまけたら片付けるというのがはやっていたし、そのほうが効率的だった。
案の定私の斑でもそれを毎回やっていた。
私を放置して。
だがこの日は違った。
じゃんけんで負けたのは男子生徒だった。
あれこれ言いながらも一つ一つ片付ける
食器は重なればすごい量だ。
じゃんけんに参加はしていないし負けてもいないが、一緒になって片付けた。
むしろ大半を私が片付けた。
男子生徒は何も言わずに片付け終わったときにはいなくなっていた。

長い放課になり
床には食べこぼしが落ちていた。
教室にはティッシュが配置してありキレイに片付けた。

またチョークをそろえ黒板の汚れを消し
やることが無くなったら4階へと移動する。

授業開始5分前に教室へ移動し何事も無く授業を受ける。


放課後掃除の時間
掃除担当では遊ぶ者ばかり。
私に掃除道具を投げるものがまた現れた。
案の定また投げられたが、それをそばに置いて掃除再開。
その後いくつか投げられたが、私は
「後で片付けておけばいいんだね」と言って掃除に戻る。

竹箒5本にちりとり1つ、ゴミ袋3つ。
2往復をして片付けを終わり教室へもどる。

帰りのSTが終わり
午後の部活動へ参加する
ラケットなど握らない。
準備さえ終われば用はない。
教室へもどり掃除をする。
どうせ汚いから。

掃除が終わり普段つかわない特別教室へ移動する。

日が傾くまでここにいるのが好きだった。

部活動が終わる。

片付けに参加し重たい用具を職員室へ運ぶ。
ラケットではなくカゴのとってを握る。
鍵まで閉めて下駄箱へ移動して靴を履き替える。
周りに生徒はいない。
駐輪場にも自転車は数台しかない。
私の自転車はまた長い影をつくり、金具も緩めてあった。
金具を締めて帰宅する。

家につくと母親が
「今日はどうだった?」と問う。

私はこれに
「いつも通りだ」と答えた。

私が偽善者になった日は
まだ冬が始まるほんの少し前の時期であった。

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あれは中学生のとき

よくわからないうちにいじめにあい
仲のよかった友人にも話しかけられなくなった。

同じ部活に居たものの
連絡などは一切無かった。

その友人自体いいやつだから
あれこれ質問をして
ちょっとだけ真意を聞くことが出来た。

俺「○○に俺とは話するな。って言われたんでしょ。」

友人「・・・あぁ、そうだよ。」

俺「アイツ何するかわからんからね。ありがと。
  それだけ聞けてよかったよ。」

友人「・・・ごめん。」

俺「いいさいいさ。もう行きなよ。
  怪しまれたり誰かに見られたら○○(友人の名前)もイジメの標的になるぞ。」

友人「・・・ほんと、ごめん。」


そういって友人が去っていってから俺の通う学校にはとうとう居場所はなくなった。


朝ちゃんとした時間に学校へ行き
空気のように扱われる俺の一番好きな居場所は校舎4階の音楽室の前の空間だった。
校舎内のいろんな人のいろんな声がかすかに聞こえる。

そんな日々が続く中、担任の教師が
「大丈夫か?何かあったのか?」と尋ねてきた。

もう頼りになる人間なんて居ないと思った俺は
「何も問題ないよ?」と答えた。

イジメの発覚が難しい理由がよくわかる気がした。


しばらくして担任からゴミを捨てるように言われた。
掃除中だったので何も問題ないと思い言われたように外へ持っていった。
ついでに職員室の先生の机からカゴ(配布物などが入っているカゴ)を持ってくるようにも言われた。
正直いやだったが先生は足を悪くしていたので引き受けた。

中学へは財布を持って行っており
中身は帰りにコンビニによる程度の金額。

その財布を机の中に入れっぱなしで教室を出てしまった。

また悪共に取られてしまう・・・。
そう思った私はゴミを階段にしばし放置して教室へ走った。

すると教室では
何がどうしてそうなったのか
教室と廊下、それにベランダとトイレの掃除当番の全員が掃除をいったん中断し担任の先生の話を聞いていた。
内容はイジメについて。
私の名前は出ていないものの身に覚えのある話だった。
話の内容が見えたところで私はゴミを片付けに行った。
正直あんなことして欲しくなかった。
優しさが罪になるとはこういうことだと思った。


しばらくして事件が起きた。


事件の内容は
私の事を面白半分でからかいちょっかいを出してきたヤツがいた。
今思えば簡単な挑発に乗ってしまったのだと思った。
そいつは私に向かって掃除道具を投げてきた。
プラスチック部分は正直痛かった。
おこった俺は投げ返した。
するとまた投げられた。
いい加減にして欲しかったから掃除道具入れの方へ投げた。
案の定その掃除道具は女子生徒に当たってしまった。
しかも目だ。
一瞬にして罪悪感を感じ謝罪を述べた。
するとはじめに掃除道具を投げてきたやつは
「お前がコレ投げ始めるから!」と言いがかりをつけてきた。
教室のみんなは一部始終を見てわかっていたが
そこへやってきた教師は残念なことに私が全て悪いという扱いをして
女子生徒を保健室へつれて行きしっかり謝るように。と、いいつけた。
保健室へつれていき
「僕が掃除道具を投げて目に当たってしまった。」
とだけ伝えた。
からかわれたとかその辺はどうでもよかった。
保険医には目の大切さを説明され結局叱られた。
そのうえ放課後には担任にも叱られた。

「辛いからって物や人に当たったら意味が無いぞ。」
そういわれた時にはだれも頼りにならないと思った。

職員室の外では同級生が笑っている。
最後まで事実を言えぬまま私は職員室をでた。
その頃には、陽が十二分に傾き、
駐輪場には私の自転車の長い影が出来ていた。
自転車にカバンを乗せ帰り道を走る。
結構距離がある通学路。
帰宅途中に自転車のタイヤの空気が抜けているのに気がついた。
当時流行っていたのだが、金具を少しゆるめ、走行中に空気が徐々に抜けるたちの悪いものである。
その月に入って8度目。
歩くのにはだいぶ慣れてきた。
家に着くときにはもう陽は落ちていた。

母親はいつも同じ言葉を投げかける。
「お帰り、・・・何かあったの?」
涙の跡はなかなか消えないようだった。
ことの全てを話したが
最後に私はこういった。
「いままでもあったから学校には連絡しないでくれ。
 恥ずかしくて通うことも出来なくなる。
 学校には頼りになる人なんて一人も居ないから。」

気がつくと母親は涙を流しながら
「気がつかなくて申し訳ありませんでした。」と深く頭を下げた。

そういうのはやめて欲しい。私が全て悪いのだから。
続けて母親は「なんでも話してください。力になりますから・・・」
そう言って私の手をとった。

いままで当たり前のように接してきた母親が
当たり前ではない言葉を使い
当たり前ではない態度を示し
当たり前ではない行動をした。
またも私は罪悪感を感じた。

「いままでそんなそぶりも見せずに耐えてきたんですね。
 本当のあなたの言葉をきけて私はうれしいです。」
そう母親が言った。

罪悪感についても話をした。
すると母親はこういった。
「あなたが今まで家族すらごまかせたその能力は、
 きっと特技なのだと私は思う。
 それを生かしたうえで優しくなりなさい。
 思いやりのある人になりなさい。
 本当の自分を偽ってでも優しい人になりなさい。」

そういって私を抱きしめた。
最後に「ごめんなさい」と言われた。
母親に言わせてしまったことに、またも罪悪感を感じた。

次の日から私は朝一番に
それこそ6時前には家を出て
学校へ向かい、職員室から体育館の鍵を借りて
当時まだ続けていた卓球部の準備をした。
卓球台を整頓して、ピン球を出し、ネットを張って
窓を開け、カビ臭いにおいを外へ追いやり
しばらくして、学校を出る。
コンビニへ行き、しばらく立ち読みをして
ころあいをみて学校へ向かう。

朝の部活動をする生徒が沢山いて
走っていたり筋トレをしていたり、素振りをしていたりと皆体を動かしていた。

体育館へは行かずに教室へ向かい、机の中に用具をしまっていつもの場所へと移動する。
実に静かなものだ。昼間とは大違いで驚いた。
本日1回目のチャイムがなる。
部員全員が片付けをし始めるときに
私は窓を閉め、ネットを片付け、ピン球をしまい、台を整頓して
教室へ帰る。
ラケットなど握っていない。
先生に呼び止められたが無視をした。
頼りにならないからである。
それに何も言われたくないから。正直うっとおしいのが本音。


教室には既に数名の生徒がいて
舌打ちをする生徒もいた。
教卓の後ろの花瓶の水を替えて
枯れた花を捨て、台を拭き。
ある程度掃除をして元の位置にキレイに戻す。
生徒の数が少ないから私がボソッとしゃべっても聞こえる。
「内緒だよ。」
言わなくても私の事は特に話題にしないはず。
学級文庫の整頓をして
黒板の日直の名前と日付を変更し
また4階へ行って時間が来るのを待つ。
いじめに悩む生徒が行くカウンセリング室など羞恥の塊でしかないと思った。


事無くしてチャイムが鳴り響く。


部活動の無い生徒が登校する時間帯。
その10分後には再度チャイムが鳴り、朝のSTが始まる。
それまでに教室へ行き連絡事項を聞き
ちょっとした話を担任が話す。
昨日はあれこれ・・・
今日はあれこれ・・・
最近はあれこれ・・・
途中で
花や机、教卓や本棚がきれいだと話した。
数名の生徒は知っているのだろうが
そんなこと興味ない。

授業の合間
今までは机に座っていただけだったが
日直の仕事である黒板を消し。
チョークをそろえ
簡単な掃除をして
トイレにでも行って帰ってくれば放課は終わり。
給食はどうせ触られたくないだろうから大人しくしている。
食事も終われば会話など混じらずに時が経つのを待つ。
全員が同時に片付け始めるが
机をくっつけて集団で食事をするため、どの机でもじゃんけんでまけたら片付けるというのがはやっていたし、そのほうが効率的だった。
案の定私の斑でもそれを毎回やっていた。
私を放置して。
だがこの日は違った。
じゃんけんで負けたのは男子生徒だった。
あれこれ言いながらも一つ一つ片付ける
食器は重なればすごい量だ。
じゃんけんに参加はしていないし負けてもいないが、一緒になって片付けた。
むしろ大半を私が片付けた。
男子生徒は何も言わずに片付け終わったときにはいなくなっていた。

長い放課になり
床には食べこぼしが落ちていた。
教室にはティッシュが配置してありキレイに片付けた。

またチョークをそろえ黒板の汚れを消し
やることが無くなったら4階へと移動する。

授業開始5分前に教室へ移動し何事も無く授業を受ける。


放課後掃除の時間
掃除担当では遊ぶ者ばかり。
私に掃除道具を投げるものがまた現れた。
案の定また投げられたが、それをそばに置いて掃除再開。
その後いくつか投げられたが、私は
「後で片付けておけばいいんだね」と言って掃除に戻る。

竹箒5本にちりとり1つ、ゴミ袋3つ。
2往復をして片付けを終わり教室へもどる。

帰りのSTが終わり
午後の部活動へ参加する
ラケットなど握らない。
準備さえ終われば用はない。
教室へもどり掃除をする。
どうせ汚いから。

掃除が終わり普段つかわない特別教室へ移動する。

日が傾くまでここにいるのが好きだった。

部活動が終わる。

片付けに参加し重たい用具を職員室へ運ぶ。
ラケットではなくカゴのとってを握る。
鍵まで閉めて下駄箱へ移動して靴を履き替える。
周りに生徒はいない。
駐輪場にも自転車は数台しかない。
私の自転車はまた長い影をつくり、金具も緩めてあった。
金具を締めて帰宅する。

家につくと母親が
「今日はどうだった?」と問う。

私はこれに
「いつも通りだ」と答えた。

私が偽善者になった日は
まだ冬が始まるほんの少し前の時期であった。

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【2010/11/26 23:11】 | 日記
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